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大阪高等裁判所 昭和36年(う)1322号 判決 1961年12月23日

控訴人 検察官

被告人 国島泰次郎 外四名

検察官 志賀親雄

主文

原判決を破棄する。

本件を京都地方裁判所に差し戻す。

理由

本件控訴の趣意は、京都地方検察庁検事正岡原昌男名義の控訴趣意書記載のとおりであるから、これを引用する。これに対する弁護人の意見は控訴棄却の判決ありたいというのである。

所論は、被告人国島泰次郎、同北村保夫は田村正也外七名と共謀の上、運輸大臣の免許を受けないで、昭和三四年一〇月一日から同年一一月一六日までの間京都市内において、自家用乗用自動車を使用して乗客の需めに応じ、旅客から運賃を収受して運送し、以て一般乗用旅客自動車運送事業を経営したとの公訴事実及び被告人田村正也、同沈一変、同北口善三は前記二名と共謀の上、運輸大臣の免許を受けないで、前記期間前記と同様の方法で一般乗用旅客自動車運送事業を経営したとの公訴事実について、それぞれ道路運送法第一二八条第一号第四条第一項に該当し、罰金以下の刑にあたる罪に係る事件として京都簡易裁判所に起訴され、同簡易裁判所に係属中、昭和三五年八月二日前記道路運送法が改正され、罰金刑の外に選択刑として一年以下の懲役に処し、若しくはこれを併科することができることになり、同年九月一日施行されたところ、同簡易裁判所は本件については地方裁判所にも管轄を生ずるに至つたとし、所謂白タク問題として事案の持つ社会的法律的重大性を考慮し、地方裁判所で審判するのを相当と認め、刑事訴訟法第三三二条により京都地方裁判所に移送した。しかるに京都地方裁判所は、本件は簡易裁判所の管轄に専属し、地方裁判所の管轄に属しないことが明かであるとの理由で管轄違の判決を言渡したが、右判決は不法に管轄違を言渡したのであるから、破棄さるべきであるというのである。

そこで本件のように実体法の罰則が罰金刑のみを定めているため、簡易裁判所の事物管轄に属し、簡易裁判所の専属管轄事件として審理中に、その罰則が改正され、従前の罰金刑の外に選択刑として懲役刑を科し、若しくは両者を併科することができることになつた場合に、同事件について新法を適用し、地方裁判所にも管轄権が生じたと解すべきか否かについて検討する。

原審京都地方裁判所は本件は犯罪後の法令により刑の変更があつたものとして、刑法第六条により軽い旧法の罰金刑で処断することになるのであつて、それ以外に加重された懲役刑を選択し又はこれを併科する余地がない。尤もこの場合の考え方として、理論上行為時法の旧法と、裁判時法の新法の、そのいずれの適用を原則としても刑法第六条は軽い刑を適用するとして解決しているから、本件は右見解の如何にかかわらず、軽い罰金刑以外の刑を科し得ないとする結論に変りはない。そうだとすると、裁判所法は罰金以下の刑にあたる罪にかかる訴訟は地方裁判所の管轄から除外し、簡易裁判所の管轄としているから本件は簡易裁判所の管轄に専属し、地方裁判所の管轄に属しないことは明かであると説示している。

惟うに、刑法第六条の規定は、元来行為時と裁判時との間に刑罰法規が改正され、しかも新法の附則に旧法廃止前にした行為に対する罰則の適用については、旧法は、その廃止後もなおその効力を有する旨の経過規定を設けないで、法定刑に変更を生じた場合に、新旧いずれの法規を適用して処断するかという具体的な処置について規定したもので(昭和二五年三月二四日最高裁判所第二小法廷判決)刑以外のものが変更された場合の処理規定ではない。本件新道路運送法には前記のような経過規定を設けていないから、刑法第六条を適用して法定刑を定める外はないが、刑法第六条を根拠として管轄の有無を論ずるのは相当ではない。

裁判管轄は裁判制度上の問題であるから、裁判所法に設けられた各裁判所間の権限分配に関する規定並びに刑事訴訟法の関係法条によつて決すべきものであろう。民事訴訟法第二九条には裁判所の管轄は起訴の時を標準として定める旨明記している。刑事訴訟法には同様な規定を設けていないが、事物管轄は裁判所法第二四条、第三三条により一応起訴当時における法定刑によつて決定するとの建前を採り、簡易裁判所が刑法第一三〇条の罪若しくはその未遂罪、同法第一八六条の罪、同法第二三五条の罪若しくはその未遂罪、同法第二五二条第二五四条若しくは第二五六条の罪等の刑を以て処断すべき事件において三年を超える懲役刑を科するのを相当と認めるときは、訴訟法(刑事訴訟法第三三二条)の定めるところにより、事件を管轄地方裁判所に移さなければならないことを定めているが、法律の改正により罰則に変更があつた場合の管轄の変動については何等規定を設けていない。しかし、罰則の変更が刑事訴訟法上直接影響を持つのは必ずしも事物管轄の点のみに限らない。裁判所法第二六条第二項の法定合議事件、刑事訴訟法第二八四条、第二八五条の被告人の出廷義務とその免除、同法第二八九条の必要弁護、同法第二九一条の二の簡易公判手続の可否等の諸規定についても、同様である。

このような場合に処する直接の規定は設けられていないから、関係法条と抵触しない範囲において刑事訴訟法第一条の法意により解決を図る外はない。この見地によれば、手続法の性質からしても、各種訴訟行為の形式、要件、効力等はその行為をなす時の訴訟法によつて決せられるべきものであることは当然である。従つて実体法の改正により、訴訟行為についての或る条件を欠くに至り、或るいはこれを充足するに至つた時は、その改められた状態に即応した手続、形式に従つて事件の審判をなすべきである。

訴訟法上の制度の一である公訴の時効については、刑の変更があつた結果、その罪に対する時効期間が変つた場合に、新旧両期間を比較して短い方の期間を適用すべきではなく前記の法律一般原則に従い、当時施行されている法律を適用しなければならないことは、判例の古くから一貫した立場である。(大審院判決明治四四年三月二七日言渡及び同年五月二五日言渡、札幌高等裁判所判決昭和二九年六月一七日言渡)訴訟法上の一制度である事物管轄の問題についても、この判例の趣旨よりすれば裁判時法に属する新法の罰則に基いて解決すべきであつて、刑法第六条を根拠とし、軽い旧法の罰則に基いて事物管轄の有無を決すべきではない。

翻つて本件をみると、前記のように京都簡易裁判所が旧道路運送法違反事件の審理中、同法が改正され、新道路運送法により罰則が変更され、従前の罰金刑の外に選択刑として一年以下の懲役に処し、若しくはこれを併科することができることになつたのであるから、その事物管轄も罰則変更の反射的効果として自動的に変更され、従前京都簡易裁判所が専属的に管轄した本件について、京都地方裁判所にも管轄権が生じたものと解しなければならない。

そうだとすると、京都簡易裁判所が本件事案の性質、被告人等の主張等に鑑み、地方裁判所において審判するのを相当と認め、刑事訴訟法第三二二条により本件を京都地方裁判所に移送したのは正当である。従つて、同地方裁判所は本件を審判する権限を有すると同時に、その義務を負わねばならないのに拘らず、前記のとおり本件は罰金以下の刑にあたる罪にかかる訴訟であるから、簡易裁判所の管轄に専属するとの理由をもつて、管轄違の言渡をしたのは、法令の解釈を誤り、不法に管轄違を言渡したものといわねばならない。論旨は理由がある。

よつて、刑事訴訟法第三九七条第一項第三九八条に則り、原判決を破棄し、本件を京都地方裁判所に差し戻すべきものとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 小田春雄 裁判官 石原武夫 裁判官 原田修)

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